マヌエル・プイグ『赤い唇』1969

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なんとはなしに、プイグの『赤い唇』を手に取った。

ラテンアメリカの文学。最も有名なのはマルケスで、ボルヘスやパス、リョサなどは知っている。ボルヘスやマルケスは少し読んだことはあるけれど、浩瀚な『百年の孤独』は傑作と名高いが、いまだ読んだことがない。

プイグは生まれは戦前だが、日本で言うところの第三の新人の世代と重なる。最も知られている作品はハリウッドで映画化され、人気の高い『蜘蛛女のキス』という作品。見たことも、読んだこともない。

ラテンアメリカの文学はヨーロッパや日本、アメリカのそれに親しんでいると、始め、違和感を感じる。幻想的リアリスムの代表的な土壌と言われているだけあって、普通の文学とは一線を画している作品が多い。物語の前提条件が異なるので、まず話のプロットも時間の流れなどを無視して、行ったり来たりしたり、ひとつの事柄が熱に浮かされたキュビスムのような多面的様相を呈する。だから読みづらい、ひどく。

初めてブラジルが生んだ天才監督グラウベル・ローシャの『黒い神、白い悪魔』や『アントニオ・ダス・モルテス』を観たとき、なんだこの映画は、と衝撃を受けた。わけがわからない。でも激しくて、エネルギーに満ち溢れている、というのはよく分かる。

さて、はっきり言えば、この『赤い唇』はさっぱり面白くない。私には楽しめなかった。三島と安部公房の対談で言うところの饒舌な作家に、明らかに該当するであろう彼の作品は、とにかく饒舌すぎる。なんだかんだ、どうでもいいことをごちゃごちゃ書き過ぎている印象が私にはする。どうでもよくないのかもしれないが、読んでいるうちに次第に、どうでもいいという気にさせられる。書き方も、それこそ様々。手紙だったり、懺悔だったり、電話だったり、公的文章だったり、同じ日の別場面を、別の視点からひたすら描写したり、あの退屈極まりないロブ=グリエ『迷路のなかで』を想起させた。一言で言えば、つまらない小説。

小説の中で起きた事件とか、そういうことはどうでもいい。なんか馬鹿馬鹿しい。ラストシーンが美しいと言われているが、だからどうなんだという、取り繕ったような最後で、確かに映像的ではあるけど、これといって深みがない。

私は形式も内容も面白くない小説と思いました。

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